<私の履歴書>


その1 ピアノとの出会い

私のピアノとの出会いは3歳の頃 。
それは近所の音大生のお兄さんが弾くピアノに興味を持ったことからでした。  
最初は見ているだけだったけれど、やがて「私にも・・」と、お兄さんに頼んでピアノで遊ばせて貰った記憶があります。  
レッ スンは5歳から。
豊か過ぎる感情でエネルギー炸裂だった私を見て、幼稚園の先生が母に「何かエネルギーを発散させるものを与えて下さい」と。
母は 「この子ならばピアノだろう」と直ぐに思いつき、芸大の声楽科出身の先生のピアノ教室に通わせることにしたそうです。 いよいよピアノが習える!という喜びと共に、私は夢中になってレッスンに通いました。  
そして3年くらい経ち、小学校低学年のレベルを遥かに超えた腕前になっていた私 にはワンランク上のレッスンが必要だ、ということになったらしく、先生がピアノの専門家に代わりました。
音楽が大好きだった私ですが、それからは練習嫌いに。 でも、私の才能を確信した両親、特に母の熱の入れようは尋常でなかったのです。
他人より上手になるには一回でも多く弾くことだ!と教えられ、ただただ弾かされる毎日。 それは音楽を楽しむ事とは無縁な時間でした。  
そんな中、「練習しなさい!」と怒る母の目を盗んで、自分の 感じるまま自由に、あるがままの自分の感情をピアノと詩で表現して遊ぶことに喜びを見つけ出しました。
8歳で作った初めてのオリジナル曲は【喜びのうた】 。
作詞作曲したものの、曲を楽譜に書けない。 そこで、あの近所の音楽大学のお兄さんに、「ねえねえ、私歌って弾くから楽譜に書いて」と頼んだこ とを今でもはっきり覚えています。
お兄さんに書いて貰った楽譜も、詩も、今でも残っていますよ(笑)。 
2曲目のオリジナルは【悲しみのうた】 。 
【喜びのうた】の次がこれというのですから、私という人間が、如何に極端な性格を持っていたか、お分かりになるでしょう(笑)。 
当時 は子供ながら感じるすべてをピアノで表現し、自分の世界を楽しんでいたのです。
これこそ、今の即興演奏、曲作りの原点なのかも知れません 。
こうして自作自演して音楽で遊んでいた小学生時代でしたが、私のピアニストとしての才能に関して親の期待は過剰なまでに大きいものがありました。 


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